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神栖のにっぽんいち
神栖市 日本一
日本一がどっさり!茨城県神栖市
皆さんは「日本一」と聞いて何を思い浮かべますか?
富士山や琵琶湖は有名ですが、そのほかにもスポーツや収穫量などなど、さまざまな分野に「日本一」は存在します。そしてそれぞれが「日本一」と呼ばれるに至るまでには、たいていの場合たくさんの人による並はずれた努力や、長い年月がかかっています。
そして「日本一」と呼ばれているものには、二つの種類があります。日本一を目標にして日本一を達成したもの。そしてもうひとつは日本一を意識せず、黙々と努力した結果「日本一」と評価されるものです。日本一を目指して戦う野球はとても魅力的ですが、地味ながらも努力に努力を重ね、時代を超え、世代を超えたくさんの人々の手によって生まれる「日本一」はまた特別な輝きを放っています。
そしてここ神栖にも「特別な輝きを放つ日本一」がたくさんあるんです!
いがいに知らない!?農業のメッカ
神栖市のある茨城県の耕地面積は1,766k㎡で、県土に占める割合は29.0%(平成19年)となっており、長年日本一の農業県となっています。
中でも神栖市の農業は、古くから米・麦・落花生・スイカ・千両などがつくられてきました。その後、葉タバコの栽培が盛んになりましたが、昭和40年頃から鹿島開発による農業対策事業の推進により、土地提供の小面積でも農業経営の維持ができる生産性の高い施設園芸へと移行しました。その代表的な農作物がピーマンでした。そのピーマン栽培は、現在、生産量・作付面積が日本一で、まさに『ピーマンの街』なのです。

神栖には極上のピーマンがあります。
日本一!神栖のピーマン
ビタミンC・ビタミンP・葉緑素など豊富な栄養素が含まれてるピーマン。神栖市は気候が温暖であり砂地が多く水はけが良いことから、神栖市の土地にあった作物で、現在日本一の生産量を誇っています。ビニールハウスで栽培し日本で唯一、1年中出荷をすることができます。
導入時期は終戦直後の昭和24年ごろ米軍より注文があり、カリフォルニアワンダーという品種を栽培したのが始まりとされているそうです。

神栖市で栽培されるピーマンは市場でも高く評価され、人気の商品となっています。
健康で美味しいピーマンを育てるためには、まずは土作りです。有機肥料にこだわり、化学肥料の使用を最低限に抑え有機肥料を充分に与えて栽培することで、安全性の高い甘くてやわらかい美味しいピーマンができるのです。
農家のみなさんの惜しみない「手間」こそが神栖のピーマンを「日本一」にしたのですね。

語源はフランス語ピマンとピーマン!?
ピーマンの語源はフランス語の「ピマン」からきていて、「トウガラシ」を意味しています。
「ピマン」は江戸時代にポルトガルから持ち込まれましたが、それはあの辛いトウガラシでした。
私たちの大好きな甘みのあるピーマンが日本に入ってきたのは明治初期のこと。
意外と最近の出来事だったんですね。
ピーマンだけじゃない!
メロンといえば神栖!?
メロンといえば北海道の夕張メロン!多くの方はそう思われるのではないでしょうか。いえいえ実は茨城がメロン出荷量日本一なんです!
そしてアムスメロンやアールスメロンは、神栖の砂地で高い気温の土地にとても適していて、ビニールハウスで地床栽培されています。
たいていの場合こちらもまた神栖の日本一、ピーマンと組み合わせて多くの農家で育てられています。

メロンは夏の果物ですが、半促型栽培、抑制型栽培により収穫次期をずらして出荷しています。
こういった工夫のおかげで私たちは一年中甘くて美味しいメロンを味わうことができるんですね!
また昨今では、県を中心に新品種の開発やメロンを使った食品の考案など、メロンに対する飽くなき探求がなされ、茨城産メロンの更なるブランドイメージ向上に向けた様々な取り組みが行われています。
茨城県のメロンに対する熱い思いが伝わってきますね。

「神の御座す土地」神栖にぴったりな日本一!?「若松」と「千両」
「若松」と聞いてもピンと来ない方が多いと思いますが、私たち日本人にとって特別な日「お正月」には欠かすことのできない、大変なじみのあるものなのです。若松とは芽生えてからあまり年月の立っていない小松のことで、お正月の飾りつけなどで使われる松を言います。
大正初期に導入された歴史ある特産物で、お正月用の門松や生花として千両と共に栽培、出荷されています。神栖は全国の生産量のなんと60%を占めていて、こちらも日本一となっています。

お正月用の生花である千両や若松は、神栖市が全国第1位の出荷額を誇っており、特産品として全国に出荷されています。
千両はセンリョウ科の常緑小低木で、その名のとおり「富貴」が花言葉の、まさにおめでたい花です。

正月を彩る花言葉
千両の花言葉は、「利益」「可憐」「裕福」「富」「財産」「恵まれた才能」「富貴」。
正月を飾る縁起物の花はやはり花言葉も絢爛豪華ですね。私たち日本人の特別な日「お正月」
には若松と千両、そして花言葉で彩を添えて祝いましょう!
まだまだあります日本一!
エコと研究で地球のことを考える神栖
ウィンド・パワーかみす洋上風力発電所は国内初の洋上風力発電施設です。出力2000キロ・ワットの風車が7基、海岸線から約50メートルの海上に約2キロにわたって設置されています。施設を管理する「ウィンド・パワー・いばらき」によると、7基で約7000世帯の電力をまかなえるといいます。 海上は陸上に比べて風の変化が少ないため運転しやすく、建設に伴う環境破壊や、騒音被害も減らせるとされています。2010年6月末より本格稼働しています。

波および流れによって海岸の底質が移動する現象(漂砂)は、海岸地形の変化や港湾の埋没を生じさせる要因で、台風などによる荒天時など特に顕著になります。 波崎海洋研究施設は、日本一の規模を誇る全長427mの観測用桟橋を持ち、従来困難であった荒天時においても砕波帯内の観測を可能にしました。 この施設では、日々の観測を通じて砕波帯内における波、流れ、漂砂の物理機構を解明するとともに、漂砂に関連する諸問題に対処する技術の開発を行っています。 さらに、海洋生物動態、海岸植生環境、砂浜の有する海水浄化および栄養塩供給機能、飛砂や飛沫の問題、渚の温熱環境等に関する調査を併せて実施しており、海の物理環境と生物環境について総合的な研究を行っています。

発展し続ける神栖
神栖の更なる発展に向けて・工業港「鹿島港」
神栖には農業が盛んに行われている傍ら、世界に向けての新しい物流拠点として「鹿島港」があります。世界有数の掘込式人工港である鹿島港は、日本を代表する工業生産拠点となっている鹿島臨海工業地帯の中央部に位置し、原材料や製品の海上輸送基地として重要な役割を担っています。近年、東関東自動車道の開通などにより鹿島港の利便性がより向上し、取扱貨物量は5,000万トンを越えています。それにともない東京湾岸に立地していた企業の鹿島への移転も増加し、コンビナート群が形成されています。今後、時代のネットワークを結ぶ商業の基点としての拡大が期待されています。

日本で一番早く初日の出が見られるスポットとして有名な銚子。そこから10数キロしか離れていない神栖市の波崎海岸は、日の出の時刻は銚子とほぼ変わらず、日本一早い初日の出を楽しむことができます。
しかも交通規制などによる渋滞もないため、隠れた初日の出スポットとなっています。

「農業」と「近代化」
「発展」とはいったいどのようなものなのでしょう。近代化で武装して自然を破壊することでしょうか?機械任せになって温かい人の心が感じられなくなることでしょうか?いいえ、神栖市の考える発展はそうではありません。例えば神栖市のピーマンが日本一と呼ばれるに至った大きなきっかけが、鹿島開発による農業対策事業の推進によるものだったように、発展したのは工業だけではなく、すばらしい発展の相乗効果がありました。このようにお互いの共存こそが本当の意味での「豊かさ」を産むのではないでしょうか。

古くからの伝統や先人たちの知恵によって発展し、日本一と呼ばれるに至った神栖市の農業。更に鹿島開発により誕生した鹿島港における工業の発展が今現在も進んでいます。私たちはこれからも伝統ある「農業」と生活を便利にする「近代化」の道を模索し、人々の願いを形にし続けていきます。